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「今日は死ぬにはいい日だ」あなたの理想の死に方は?


マエダは過去3回ほど病院で死にかけた経験がある

最初はバイクで生死の境をさまよう事故、気がつけば病院で身動きは取れないわ呼吸はできないわでまさに死にそうになる。

2回目は車の事故(笑)こいつも意識不明のママ救急車で運ばれた後気がつけば病院。しかし肺が気胸をおこしており、最初それに気付かない医者のせいで再び意識を失い生死の境をこれまたさまよう。

3回目はカリニ肺炎で心停止をおこすが奇跡的にそばに医師がいたためAEDで蘇生。その後植物状態で一週間


こんな感じなのだが、そのとき思ったのは「絶対に病院のベッドでは死にたくない」ということ。

なんていうかあの自由がきかない絶望感と回りは医師と看護師だけという疎外感、キツかったね。この違和感は病院で何度も生死の境をさまよった人間じゃないとわかるまい。


とはいえ透析になった今、1日おきに病院に行かなければ行けないわけでそんな中、病院以外のところで息を引き取るとなればもう事故か自殺しかあるまい(多分)


んーどうしようか


たとえばガンになったとする。そうすると最後は緩和ケア科に行き、自宅で最後というのも可能かもしれない。

マエダの場合は一切のガン系の検診は拒否しておりガンになっても治療しないということを主治医に公言しているのでがんが見つかるとすれば末期ガンだろう。
そうなるとすんなり自宅療養になりガン+透析離脱の苦痛も処方されるであろうモルヒネで比較的多幸感に包まれて自宅で逝けるのかと妄想したりする。

もしくはいいトシになったら自己責任で透析離脱して死に場所を見つける。

だがそのためには身体が動くことが前提だよね、寝たきりじゃそれもかなわない。マエダがせっせと筋トレに励んでるのは生きるためではなく「よい死に方のため」に筋トレしてるのかもしれない。

まあ身体が動くのに透析離脱となれば医師の反対は相当な物になると思うが、今でもそういうケースは皆無ではないと聞くので、オレが歳をとる頃にはもっと一般化してると思うな、うん。


と、いう風にいつになるかわからない最後の時をたまに妄想してるマエダだが、ネイティブアメリカン(インディアン)のことわざ「今日は死ぬにはいい日だ」というのがある、そんな最後を迎えてみたい。


今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせているすべての声が、
わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ.

Byナンシー・ウッド
(訳)金関寿夫


とても病院でこんな幸せな最後は迎える事はできないだろうな。

病院で死を迎えるくらいなら、昔バイクの事故で叩き付けられた雨に濡れたアスファルトの上で死ぬほうがまだましだ。事故直後は大量のアドレナリンも出てるだろうからきっと多幸感に包まれ逝けるだろう(笑



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